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白山麓、鳥越地域の豪雪の爪痕(2月18日)、杉森地蔵水付近、県道44号線沿い、鳥越里山付近の雪景色  [地域]

 先日(2月18日)金沢は、気温-2~2℃、うっすら雪と寒く、白山麓の鳥越地域では、いっとき雪が散らつきました。が、豪雪(2月7日)後11日ぶり、杉森地蔵水の湧き水を汲みに行きました。 
 水汲み後、豪雪の爪痕が残る、杉森地蔵水や杉森集落付近、息子が運転し金沢に帰る途中の県道44号線沿い、また、おいしいコシヒカリ米がとれる鳥越里山付近の雪景色をデジカメに収めました。

杉森地蔵水付近、県道44号線沿い、鳥越里山付近

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 白山麓、鳥越地域の豪雪の爪痕、杉森地蔵水付近、

県道44号線沿い鳥越里山付近の雪景色

白山市、石川県、2018.2.18

(Link)

  〇 白山麓、鳥越地域の豪雪の爪痕(2月18日)、杉森地蔵水付近、県道44号線沿い、鳥越里山付近の雪景色、とは(2018.2.24): http://kanazawa-carfur.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/2182018224-8102.html


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二十四節気、能登地方の農耕行事、ぞんべら祭り、あえのこと、 万歳楽土、もっそう祭り [地域]

二十四節気

  二十四節気は、古代の中国で作られ、太陽の動きを元にしているので、季節を知るための目安となっている。日本や朝鮮、ベトナムなど東アジアでも広く使われてきた。

 現在の暦(グレゴリオ暦)上での二十四節気は、実際の季節感とは多少ずれがある。が、農業への活用から始まって、時候のあいさつ、日常の手紙文や新聞紙上、俳句の季語などで、季節感をよく表わす言葉として用いられている。

〇 二十四節気

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二十四節気と主な雑節。(北陸中日新聞)

 2月19日は、雪が雨に変わり、草木が芽生える頃とされる二十四節句の一つ、「雨水」でした。この日、金沢は、曇り、気温-2〜6℃、晴れ間ありでしたが、寒さは依然厳しく、本格的な春の訪れはもう少し先となりそうです。農耕の準備などは、この雨水の頃から始まるとされる。

能登地方の農耕行事

 農業に従事する方のように、季節と密接に結びついた作業をしなければならない場合には、どうしても正確な季節を知る必要があった。そのため、季節を知る手だてとして、「二十四節気」が使われた。

 能登地方では、立春(2月4日)、節分(2月3日)が過ぎ、恒例の豊作祈願の農耕神事、ぞんべら祭り(2月6日)、あえのこと(2月9日)、万歳楽土(2月12日)、もっそう祭り(2月16日)などが営まれた。

〇 ぞんべら祭り

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ぞんべら祭り、田遊び神事。県無形民俗文化財。

(北陸中日新聞)

 2月6日、輪島市門前町鬼屋(旧・鳳至郡門前町鬼屋)の鬼屋神明宮で営まれた。宮司による祭事後に、神前で農耕作業(田作り、種まき、牛買い、田植えなど)を再現し、豊作や家内安全を祈る祭典である。「ぞんべら」とは、祭りの中で唱えられる「そんぶり(豊かの意)」という言葉が繰り返し使われるところから、「ぞんべら」になったという。


 〇 あえのこと

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あえのこと、豊作祈願の奥能登に伝わる農耕儀礼。

国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産。

(北陸中日新聞)

 毎年12月5日に田の神様を家々に迎え入れて休息を取ってもらい、翌年2月9日に再び田んぼへ送り出す習わしである。

 輪島市白米町の川口喜仙さん(53)方では、人の目には見えない田の神様をこたつや風呂でもてなし、輪島塗の御膳でハチメやブリの刺し身、煮物などのごちそうを振る舞った。最後に雪の残る棚田まで案内し、語り掛けたのち、田んぼの土にくわを入れて、神様を見送り、静かに手を合わせた。

〇 万歳楽土

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万歳楽土、豊作祈願の田遊び神事。県無形民俗文化財。

(北国新聞)

 2月12日、輪島市門前町走出区の春の例大祭で、櫛比神社で営まれた。舞いながら、独特の節回しで「大麦なんぞ、小麦なんぞ、大きに、太りて、実入りがようて」などと詞章を唱え、見物人らも「まんざーいろくと」と、繰り返し唱えて五穀豊穣を祈った。

〇 もっそう祭り

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もっそう祭り、山盛りのご飯を食べる伝統行事。

(北陸中日新聞)

 祭りは江戸時代、年貢の取り立てに苦しんだ農民が、隠し田で収穫した白米を年に一度、おなかいっぱい食べたことが始まりとされる。

 2月16日、輪島市久手川町の集会場であり、同町本村地区の住民11人が、輪島塗のおわんに盛られた白米をかき込んだ。ご飯を盛る木枠「もっそう」に高さ15㎝の円柱状に盛られた5合の白米を、大根とニンジンの酢の物やワラビのからしあえ、メギスのつみれ汁と一緒に味わった。

(Link)

〇 二十四節気、能登地方の農耕行事、ぞんべら祭り、あえのこと、万歳楽土、もっそう祭り、とは(2018.2.21):http://kanazawa-carfur.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/2143-f59f.html





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春一番、金沢(2月14日)、金沢地方気象台、露場、県民の杜の 雪道沿い、マンサクの開花 [地域]

  石川県内は、先日(2月14日)、高気圧に覆われ、南から暖かい風が吹き、最高気温が金沢9.4℃、輪島9.0℃と上がり、金沢地方気象台は、昨年より3日早く、春一番が吹いたと発表しました。

〇 春一番

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九州北部、中国地方、北陸で春一番
(日本気象協会、tenki.jp、Google画像)、2018.2.14.

 気象庁は、2月14日午後、九州北部と中国地方、北陸で春一番が吹いたと発表しました。 この日、前線を伴った低気圧が日本海を進んでいる影響で、九州北部や中国地方、北陸では南よりの風が強まり、気温が上昇しました。

 石川県内は、2月14日、高気圧に覆われて気温が上がり、昨年より3日早く春一番を観測しました。金沢地方気象台によると、最高気温は金沢9.4℃、輪島9.0℃、最大瞬間風速は輪島19.9m、金沢17.9mでした。これは、冬型の気圧配置がゆるみ、日本海上の低気圧に向かって南から温かい風が吹いた影響である。

〇 金沢地方気象台、露場

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金沢地方気象台、露場

金沢市西念、石川県、2018.2.16

 金沢地方気象台は、この芝生の区域を「露場」(ろじょう)と言い、温度計、湿度計や雨量計、積雪計など屋外で気象観測する器械を設置し、また降雪の深さや霜、結氷などの観測をするため特別に整備しています。

 気象観測にとって最も重要なことは、気象の状態を時間的・空間的に正しく表すような場所で行い、しかも精度のよい均質なデータを蓄積することです。そのために、この「露場」を設置しています。


〇 マンサクの開花

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マンサク(満作、マンサク科)の開花、県庁北西

県民の杜の雪道沿い、2018.2.16

 マンサク(満作、マンサク科)は、日本固有の落葉低木で、早春、葉が開く前に、リボンのように細長く、卵形で暗紫色の萼(がく)片を持つ独特の黄色い4枚の花びらを、枝いっぱいに咲かせます。早春の花では最も早い方なので、「まず咲く」、咲いている様子が「豊年満作」のようなど、これが名の由来という。

(Link)

 〇 春一番、金沢(2月14日)、金沢地方気象台、露場、県民の杜、雪道沿いのマンサクの開花、とは(2018.2.19): http://kanazawa-carfur.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/214-558b.html


 

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豪雪、金沢の積雪87㎝(2月7日)、日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)が主因、 石川県庁西近く、鞍月地域の雪景色、雪かき、雪紐、駐車場 [地域]

 北陸地方で平野部、山間部ともに大雪になったのは、2月4日、強烈な寒気に加えて、朝鮮半島北部から石川、福井両県にかけ、日本海上で気流が合流した、日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)により大量の雪雲が発達したことが主因である。JPCZによる大雪は、2010~2011年の年末年始の山陰地方の例などが知られている。


  今回のJPCZは、㋁4日に日本海から北陸にかけて低気圧が通過した後に発生した。上空約5000mに平年より10℃ほど低い零下36~39どの強い寒気があり、4日から6日にかけて福井県上空で停滞し、北陸地方に雪雲が次々と流れ込んだことで、大雪を招いたと考えられる。JPCZは7日には、山陰地方に動いたが、寒気の流入は8日まで続いた。金沢市の積雪量は、2月7日午後9時に87㎝に達した。
 

〇 日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)

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大雪は日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)が主因

(Google画像、毎日新聞、2018.2.7


〇 雪景色

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鞍月磯のひろば公園、生活道路、金沢市鞍月地域の雪景色


〇 雪かき

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鞍月磯のひろば公園沿い、鞍月地域の生活道路の雪かき


〇 雪紐

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鞍月磯のひろば公園沿い、電線上に現れた白蛇に似た雪紐


〇 駐車場

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鞍月磯のひろば公園沿い、鞍月地域の駐車場の積雪と雪かき


(Link)

 〇 豪雪、金沢の積雪87㎝(2月8日)、日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)が主因、石川県庁西近く、鞍月地域の雪景色、雪かき、雪紐、駐車場、とは(2018.2.11):http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/8728-693f.html
















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春の訪れ 節分前夜祭(2月2日)、石浦神社(本多町、金沢市)、冬の怠けを 戒める奥能登の伝統行事、アマメハギ(国重要無形民俗文化財、能登町、石川県) [地域]

 立春(2月4日)は、冬と春の分岐点で、その前夜に行われる祭儀は、節分祭(2月3日)と言われています。この日の夜、古代中国から伝来した、悪鬼を追い払う追儺(ついな)が行われる。

〇 節分前夜祭

 節分祭の前日、2018年2月2日、兼六園下の石浦神社の拝殿に、赤鬼と青鬼の男女、神職の福の神や年男らが登場し、一足早く、「鬼は外、福は内」と言いながら豆をまき、集まった約300人が豆を拾い集め、一年の無病息災を願った。

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節分前夜祭、鬼に向かって勢いよく豆をまく福の神や年男たち、石浦神社 、本多町、金沢市、石川県(Google画像、北陸中日新聞、2018.2.3)

〇 アマメハギ

 節分の夜、地区の小中学生が中心となり、豆まきと一緒に行われる。薄暗くなったころ、鬼の面を着け、箕、前垂れをあて、手桶に包丁を持ち「アマメー」、「アマメを作っている者はいないか」などと小さな子どもをおどして家々を廻る。

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アマメハギ(国重要無形民俗文化財)、鬼に扮した子どもたちが家々を回り、冬の怠け癖を戒める奥能登の伝統行事、能登町、鳳珠郡、石川県(Google画像、朝日新聞、2018.2.4)

 アマメとは、いろりに当たってばかりいるとできるあざ状のマメのことで、「怠け者」の印の「アマメ」をはぎ取ることで怠惰を戒め、厄をはらって歩く民俗行事で、国重要無形民俗文化財となっている。  

(Link)

〇 春の訪れ 節分前夜祭(2月2日)、石浦神社(本多町、金沢市)、冬の怠けを戒める奥能登の伝統行事、アマメハギ(国重要無形民俗文化財、能登町、石川県)、とは(2018.2.5): http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/22-eba3.html

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白い蛇に似た雪紐、2階のベランダの手すりに現れた白い蛇! [地域]

  先日〈1月30日)金沢は、降雪、気温-2~2℃、積雪16㎝、晴れ間には、2階のベランダの手すりに、白い蛇に似た雪紐(ゆきひも)を家内が見つけました。


 金沢の雪は、湿っぽく粘り気があり、気温0℃近くで解けても、紐のようになって、落下せず残ったようです。が、その後、晴れ間が続いたので、いつのまにか解け、消えてなくなりました。


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白い蛇に似た雪紐(ゆきひも)、2階のベランダの手すりに現れた

白い蛇、金沢市鞍月、2018.1.30

(Link)

 〇 白い蛇に似た雪紐、2階のベランダの手すりに現れた白い蛇!とは(2018.2.1): http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/201821-72cf.html




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鎮魂歌、X JAPAN、Forever Love、花*花、さよなら大好きな人 [音楽]

 鎮魂歌とは、死者の魂をなぐさめ、しずめるための歌とされる。静かに聴いていると、心が揺さぶられます!

 X JAPANの「Forever Love」は、1998年(平成10年)5月7日、築地本願寺で行われたHIDEの告別式で、鎮魂歌としてToshlが、YOSHIKIによるピアノの伴奏で歌った。

 花*花の「さよなら大好き」は、こじまいづみが、16歳のときに亡くなった祖父に捧げて作った曲である。

Forever  Love

Forever Love、歌 X JAPAN 、作詞作曲 YOSHIKI

1996年、ロック、バラード

YouTube(FOREEVER!): https://youtu.be/W6gQd9qSFCI 




 さよなら大好き

さよなら大好き、歌 花*花 作詞作曲 こじまいづみ

2000年、ポップ

YouTube(5891maron): https://youtu.be/VKq86KOxAMI


(Link)

 〇 鎮魂歌、X JAPAN、Forever Love、花*花、さよなら大好き、とは〈2018.1.27〉: http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/x-japanforever-.html







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長谷川等伯、県文化財指定、桃山時代の紙本墨画、松竹図屏風、猿猴図屏風、 国宝 松林図屏風 [絵画]

 長谷川等伯(はせがわとうはく、1539~1610)は、能登七尾生れ、桃山時代の画家。このたび、松竹図屏風(しょうちくずびょうぶ)、猿猴図屏風(えんこうずびょうぶ)などの紙本墨画(しほんぼくが)が、2018年1月12日、石川県文化財保護審議会で、県文化財として答申され、指定されることになった。
〇 松林図
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松竹図屏風、紙本墨画、桃山時代、石川県七尾美術館蔵
 大きな松を左手に濃淡の墨で竹を描き分けて奥行きがある。竹の節を濃淡で際立たせる表現があり、墨の色や筆の勢いから50代後半に制作したとみられる。国宝の「松林図屏風」につながる表現で、樹木による空間表現が優れているとされた。 
〇 猿猴図屏風
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猿猴図屏風、紙本墨画、桃山時代、石川県七尾美術館蔵
 中国の禅僧画・牧谿(もっけい)の作品に学びながら好んで描いた画題で、樹木の上に座る母子猿と枯れ木にぶら下がる父猿らしき猿が描かれている。水墨表現の熟練と等伯らしい動物表現で、等伯の全盛期である50~60代の制作過程を知るうえで貴重な作品とされた。
〇 国宝 松林図屏風
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国宝 松林図屏風、紙本墨画、安土桃山時代〈16世紀)
東京国立博物館蔵
 靄に包まれて見え隠れする松林の何気ない風情を、粗速の筆で大胆に描きながら、観る者にとって禅の境地とも、侘びの境地とも受けとれる閑静で奥深い表現となっている。
 1592年(文禄元年)、等伯が祥雲寺障壁画(現・智積院襖絵)を完成させた翌年、息子の久蔵が26才の若さで亡くなっており、その悲しみを背負った等伯が、人からの依頼ではなく自分自身のために描いたとも言われています。
(Link)
 〇 長谷川等伯、県文化財指定、桃山時代の紙本墨画、松竹図屏風、猿猴図屏風、国宝 松林図屏風、とは(2018.1.26): http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-fe95.html
 


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熊谷守一、簡素な形態と明るい色彩の画風、没後40年、生きるよろこび 回顧展(東京国立近代美術館)、代表作 [絵画]

 洋画家、熊谷守一(くまがいもりかず)、温かみのある、独自の画風は、戦後、70歳代に確立。単純化した形と明るい色彩で、猫や草花、虫、雨滴などの身近な生き物や自然を描いた。その絵は、ものを「純粋に見る」ことを突き詰めた。その回顧展が、東京国立近代美術館(東京、竹橋)、2017年12月1日(金)~2018年3月21日(水、祝)、で開かれている。

〇 猫

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猫、1965年〈85歳) 油彩、板 愛知県美術館 木村定三コレクション


 熊谷が猫をスケッチしだしたのは1940年(60歳)代、それを油彩にし始めたのは1950年(70歳)代であった。熊谷は人に忠実な犬よりも気ままな猫を好んだ。

〇 稚魚

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稚魚、油彩、板、1958年〈78歳) 天童市美術館

 5匹の魚がいるようにも、一匹の魚がぐるぐる泳いでいる(異時同図)ようにも見える。暗い色の一匹は水の深い所にいることを表している。青と赤という色の取り合わせにより魚がちらちら動いて見え、それが生命線を生んでいる。1932年(昭和7年)から亡くなるまで住んだ家の庭には、自分が掘った大きな池があり、水や魚に関する作品も多い。


〇 雨滴

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雨滴、油彩、板、1961年(81歳)愛知県美術館
木村定三コレクション

 猫についでよく知られる代表作の一つ。水たまりに落ちて跳ねる雨粒を描く。画面全体が中間色の中で、水滴だけがぱっと白く、そのため白い部分がちらちら動いて見える。

〇 ハルシア菊

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ハルシア菊、1954年〈74歳)、油彩、板 

愛知県美術館 木村定三コレクション

 庭の植物と昆虫を描く。かたつむりは二重円のハルシア菊の花をまねるように体を丸めている。植物と昆虫を同じ命あるものとして見えてくる。

〇 熊谷守一

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 熊谷守一(1880-1977)、91歳

 熊谷守一(くまがいもりかず、1880~1977)は、岐阜県生れ。東京美術学校、西洋画科撰科卒。フォーヴィスム(野獣派、原色的色彩、奔放な筆触の太い描線が特徴)を経て、簡素な形態と明るい色彩の画風となる。代表作、蠟燭(ろうそく)、陽の死んだ日、晩年は、猫、雨滴のほか、虫や花、果物などの作品。1967年(87歳)文化勲章を辞退。

〇 蝋燭

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蠟燭(ローソク)、1909年(29歳)  岐阜県美術館

 蝋燭をもつ自画像を描く。第3回文展に出品し褒状を受ける。

〇 陽の死んだ日

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陽の死んだ日、1928年〈48歳) 大原美術館

 次男の陽の死顔を描く。初期二科展に出品し、注目される。1922年(大正11年)、大江秀子と結婚。1928年(昭和3年)に次男、 陽(よう)を、1932年(昭和7年)に三女、 茜(あかね)を、1947年(昭和22)年に長女、萬(まん)を失くすなど、戦争をはさんで次々と家族の死に見舞われる。戦後は団体を離れ、単純化された形と明るい色彩を特徴とする、独自の作風を築く。


(Link)

 〇 熊谷守一、簡素な形態と明るい色彩の画風、没後40年、生きるよろこび 回顧展(東京国立近代美術館)、代表作、とは(2018.1.22): http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/402018122-7814.html


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伊藤若冲、雪中の名作、動植綵絵(雪中雄鶏図、雪中鴛鴦図、雪中錦鶏図)、 代表作、仙人掌群鶏図襖 [絵画]


 厳冬の季節、先日の大雪の最中、ふと雪景色の名画が思い浮かび、何気なく調べたところ、日本美術史上の名作と呼ばれる若冲の雪中動植綵絵(雪中雄鶏図、雪中鴛鴦図、雪中錦鶏図)代表作、仙人掌群鶏図襖などが目に留まりました。

 伊藤若冲(いとうじゃくちゅう、1716〜1800)は、京都生れ、江戸中期の画家。はじめ狩野派、のち中国(宋、元、明)の古画を学び、さらに対象の実写に努め、尾形光琳(1658~1716)の装飾画も取り入れ、動植物画に写生的な装飾画の新風を開きました。

 特に、鶏の巧妙な絵で名高い。代表作は、30歳ころから約10年かかって完成した、動植彩絵(どうしょくさいえ)30幅(宮内庁 三の丸尚蔵館蔵、東京)、仙人掌群鶏図襖(さぼてんぐんけいずふすま、西福寺蔵、大阪)。

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雪中雄鶏図(せっちゅうおんどりず)

署名は景和。若冲30代前半の作品、細見美術館蔵(京都)

 降り積もる雪の中、餌を探して佇む鶏を描く。鶏(ニワトリの雄)の朱のとさかや漆黒の尾羽が鮮やかに映える。一方、背景の溶けた雪が固まったような、奇妙な雪の連なり、ジグザグに折れ曲がる竹など、後年発揮される彼の作風の萌芽をすでに見出すことができる。

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伊藤若冲(いとうじゃくちゅう、1716〜1800)

 江戸中期の画家、名は汝釣(じょきん)、字は景和、号は若冲のほか斗米庵(とべいあん)。若冲の号は、禅の師であった、禅僧、大典顕常(相国寺)から与えられた居士号。京都の青物問屋の長男。40歳で家業を弟に譲り(隠居!)、以後画業に専心。以後、独身で、85歳の長寿を全うしたが、中国絵画の影響を強く受け、身近な花鳥などを主題に奇想ともいえる超現実的な多くの名作を残している。 

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雪中鴛鴦図(せっちゅうおしどりず)

左上に宝暦巳卯仲春若冲居士製、1759年(宝暦9年)2月作

宮内庁 三の丸尚蔵館蔵(東京)

 雪の降り積もる冬の川辺に暮らす鳥達を描く。鴛(オシドリの雄)は石の上に片足で立ち、鴦(オシドリの雌)は水中に頭を突っ込み、尾羽を外に出している。雪の降り積もった柳の枝には、3羽の色鮮やかな雉鳩たちがとまっている。大典和尚の書いた詩文、藤景和画記では、寒渚聚奇(かんしょしゅうき)という題名が付いている。

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雪中錦鶏図(せっちゅうきんけいず)

1761年(宝暦11)〜1765年(明和2年)頃作

宮内庁 三の丸尚蔵館蔵(東京)

 雪化粧した榧(かや)の木を背景に、雪に包まれる牡丹と2羽の錦鶏鳥を描く。錦鶏鳥は、中国やチベットの山地に生息するキジの仲間で、鮮やかな色彩が特徴である。雄が全身を見せているのに対して、雌のほうは、雄の陰にかくれて上半身のみを覗かせている。この絵の最大の特徴は、幻想的な世界を演出する、粘り気を感じさせる、濃厚なまでの雪の表現である。

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仙人掌(さぼてん)群鶏図襖(ぐんけいずふすま)

襖絵六面、若冲晩年の傑作。1789年(寛政元年)作

重要文化財、西福寺蔵(大阪)

 天明の大火に遭った後、一時的に滞在した大阪の鰻谷で薬種問屋を営む数寄者、吉野五運の依頼によって同家の菩提寺(西福寺)の襖絵として制作されたと伝えられる。

(Link)

 〇 伊藤若冲、雪中の名作、動植綵絵(雪中雄鶏図、雪中鴛鴦図、雪中錦鶏図)、代表作、仙人掌群鶏図襖、とは(2018.1.18): http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-79fb.html













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